小3の娘が、1.3×11.7+1.3×16.9-7.6×1.3という計算をやっていました。めちゃくちゃ時間をかけて、1.3×11.7を筆算して、1.3×16.9を筆算して、7.6×1.3を筆算して、最後に足し算引き算をやっていました。そして、ちゃんと計算ミスまでしてくれました。

 これ、正直ラッキーです。少なくとも私はラッキーだと捉えます。数字も大きいし、小数点もついているので、もう脳みそがいっぱいいっぱいなんです。ちなみに、小数点付きの筆算の掛け算をやるのはこの日が初めてでした。そういった条件が重なって、一つ一つ馬鹿正直にやって計算ミスまでしたのです。5分も10分もかけて複雑な計算を一生懸命やったのに、答えは×なのです。

 間違えた後、娘に式をみせて「何か気づかない?」と確認しました。すると、「あっ、1.3」と気づけました。「じゃあ、どうすればよかった?」と言って、式を書かせました。1.3×(11.7+16.9-7.6)と書けました。ここから先は一緒にやりました。1.3×21になるので、簡単に正答に辿り着けました。たぶん、2分か3分で答えが出ました。「こんなに簡単に出来るんだ!」と思ってくれたはずです。

 終わった後、今回の間違いから何を学んだ?という質問をしました。「簡単にすると早くできる」と言っていました。いつも子どもたちに言っているのです。「簡単にすると、早くできるだけでなく、間違えなくなる」と。娘も分かったつもりでいました。でも、自分の能力よりも上のことをやるとこうなるのです。そして、逆説的ですが、自分の能力よりも上のことをやるときだからこそ、簡単化することにより、早く正確に出来るのです。そのことを学んでもらいたいです。難しく複雑なときこそ、頭を使うチャンスです。

 簡単に出来る事をやっているときに、いくら言っても「もうわかっているよ」で終わりにされてしまいますが、間違えてしまうような問題に取り組んだときだからこそ、今まで以上に理解をしてくれたのではないかと思います。

 間違えることは決して悪いことではないのです。「頑張ったのに間違えてしまったね。でも、こういうやり方をあなたは知っているよね。どっちのやり方(簡単にするために工夫をするか、何も考えずにそのままやるか)が楽?そして、次はどっちを選ぶ?」ということです。こういったことは間違えたときに教えるのが一番効果的だと思っています。だから、私は一生懸命やって間違えてほしいのです。

 「もうちょっと違う秘密のやり方があるんだよ」的なことを子どもたちは喜びます。娘と公園で遊んでいたころから、「こうすれば上手くいくよ」という答えを私は持っています。でも、最初は本人に勝手にやらせておきます。一つは、試行錯誤する中で、親が教えられないことを学ぶチャンスがたくさんあるからです。二つ目の理由は、本人がもっと上手にやる方法はないだろうかと苦労しているときに、そのやり方を教えてやれば、一発で吸収できる(理解しやすい)からです。逆に、苦労する前にすべてを教えてしまっては、そのやり方しか知ることができません。また、十分な経験を積んでないので、言われたことを出来ない事も多々あります。そして、三つ目。教えすぎていると、ありがたみがなくなってしまい、「また教えてくれるだろう」とか「もっと上手に教えて」という姿勢も醸成してしまいかねません。似たようなことは大人の世界にもあると思います。

 もちろん、親の側には、失敗から学んでくれればいい、そういう姿勢が必要です。失敗した時こそ、「失敗から何を学ぶのか」という姿勢を身に付けさせてあげるチャンスです。