先日、子どもたちに「親友」という漢字が読めるか確認しました。1年生が読めないのは当たり前なのですが、それでも「右の字(友)も左の字(親)も読めない?」と確認すると一人の子が「右のは“とも”」と言ってくれました。そこで私が「そうそう。ほかに読み方知らない?」と確認するとちょっと考えてから「ゆう?」と自信なさそうに答えてくれました。そして、「そうそう、よく知ってるじゃん」と言うか言わないかのうちに「分かった!」と言って、“しんゆう”と読むことを言い当ててくれました。

 漢字というのは習っていなくても、語彙があれば読めるようになるのです。そして、まだ習っていないはずの漢字を読めたら、パパもママもおじいちゃんおばあちゃんも褒めてくれるのです。そして、もっと漢字に興味を持つようになり、良いサイクルに入っていきます。

 ここで大切なのが、語彙です。言い当ててくれた子の頭の中に“しんゆう”という語彙がなかったら、読み当てることは決してできなかったはずなのです。語彙があると、言い当てられる可能性は格段に上がります。

 逆に語彙がない子たちは、学校で漢字を習うときに漢字の形だけでなく、意味も読み方も覚えなければなりません。これは物凄い負担なのです。言葉が増えていくことは自分の世界を広げるという意味でとても有意義で楽しいことなのに、面白くもなんともないお勉強に成り下がってしまうのが一番勿体ないです。

 漢字が得意な子たちは、熟語を見て、自分で試行錯誤をしているのです。頭の中が見えないから試行錯誤しているように感じられないのが本当にもったいないです。でも、「計画」という漢字を見て、「けいが?きいたことないな・・・、じゃあ、け・い・か・く?えっ、けいかく?あっ、計画だ!」となっているのです。これはもうなぞなぞ状態です。勉強ではなくて、なぞなぞなのです。同じ授業を受けてつまらない勉強をするのか、楽しいなぞなぞのような勉強をするのか。授業を受ける姿勢が大きく変わってきます。姿勢が変われば理解度も変わります。理解できれば勉強を楽しめます。

 実は語彙の多寡は漢字学習の前にも影響があるようです。絵本を読みはじめたときに、十分な語彙がある子は必死に平仮名を発音しながら、「あっ!」という閃きに辿り着けるのです。平仮名の羅列が自分の知っている日本語に変わる瞬間です。この経験があると、その後も「自分の知っている日本語に違いない」と試行錯誤を重ねながら文字を読むようになります。まずは一文ですが、それを積み重ねて短い絵本を読めると達成感はかなり大きなものに違いありません。そして、絵本が楽しい娯楽の一つになるのだと思います。

 じゃあ、どうすればいいのか。読んでもらったこともない絵本にチャレンジさせて自信を喪失させる必要はありません。読み聞かせをしていく中で大好きな絵本を作ってやり、聞き覚えてしまうまで繰り返し何度も読んであげるのです。そして、一人で初めて読む絵本はもちろん大好きな絵本です。大好きな絵本を自分で読めたら、この上なく嬉しいはずで、もっと読んでみたいという気持ちが湧くはずです。